ハブ対マングース
今日もまた同じ場所、同じ時間、同じ相手と同じ事をする・・・・・
まだ若いタロウはうんざりだった。同じ事をする毎日、それを喜ぶ人間。
「まぁまぁ若いの、そりゃお前さんの運命だったんだよ。仕方ないさ、わしらはそうしていかなきゃ食ってけねぇんだ。」
年老いたジロウはさとすように、いや自分に言い聞かせるようにもう何回目か分からない決まり文句を呟いた。
「ハブにマングースの気持ちなんて分かるものか!」
いつものようにせまいアクリルケースの中、とぐろを巻き、なんとか持ち上げているジロウの首にタロウは噛み付いた。
「そうそう、お前のおやじもそんな風に血の気が多かったもんだよ。しかし、それがあいつにゃ命取りだったな。高血圧だったからな。」
ジロウの台詞にのせられて、しっかり仕事をしてしまっている自分に気がついたタロウは牙を抜いてジロウに背を向けた。
「おやじの話はするんじゃねぇ!あんな仕事人間。かぁちゃんや俺をほったらかしにして、俺の名前だって雇い主につけさせたんだ。それで」
「そういえば、お前の名前はタロウ2号だもんなぁ。しかし、わしのおやじだってそうだったよ、親父のシロウに点をつけてジロウ。まぁ、名前なんて主人に勝手に呼ばせてればいいじゃないか。」
「うるせぇ!あいつの事を主人なんて呼びやがって。けっ。あんたには自分ってもんがないのか?一生をこのアクリルケースの中でバカな茶番劇やらされて。使えなくなったらとなりのお食事コーナーの今日のランチにでもなるんだろうな。」
そう言うと、アクリルケース越しに隣の小さなお食事コーナーを睨んだ。
「言ってもわしみたいな老いぼれは食えたもんじゃなかろう。せいぜい、土産物のキーホルダーくらいだろうて。」
その時、もう少し頑張れと雇い主の声が聞こえた。人間の言葉が理解出来る訳ではないが何を言いたいのかは二人には分かっている。アクリルケースを期待の目で眺めている沢山の人間達を楽しませる為に戦えと言っているのだ。
「後もう一仕事だ。ここに入ったからには、とりあえず仕事をしよう。お前さんだって病気のおっかさんが家で待ってるだろうに。」
ジロウはほとんど下ろしかけていた首を再び力強く持ち上げた。しかし歳老いたジロウには相当の負担となるようでわずかに震えていた。それを見たタロウは仕方なく牙をむき、ジロウに飛びかかる。
近付いては離れ、こぶしを振り上げ、小さなアクリルケースの中二人の茶番な決闘が続いた。
しばらくは無言のままの戦いだったがふと、息を切らせながらジロウが話しかけてきた。
「お前のおやじは逃げ出した事があるんだよ。」
出しかけていたこぶしをタロウは止めた。
「なんだって?」
止まってしまったタロウに牙をむきながら仕事を続けるジロウはさらに言葉を続ける。
「だけどな、家族を捨てきれなかったんだ。・・・そして、戻った。」
ジロウの牙を払い除けるようにタロウは右足を振り上げる。
「うそだ!そんなのうそだ!あの親父がそんな事!!」
そう叫びながらタロウは右、左とジロウに向けてこぶしを上げた。ジロウの体力もそろそろ限界のようで喋る事もできない程だった。そして、タロウがジロウの喉元へ食い付いたその時だった。
「おっかさんを置いて、外へ出る気はあるのかい?」
とても小さな声だった。タロウは驚いて食い付いたままジロウに目をやる。ジロウは今までに見た事もない鋭い目をしていた。
タロウはそのハブがジロウではないかと思う程、いつものボケボケとしたジロウの顔ではなかった。そして、母を想った。
「お前には、まだ嫁も子供もない。今なら思い切れるぞ。」
ジロウはもがく演技をしながらも言葉を続ける。タロウは動かない。普段ならもがく演技にあわせて力を加減してジロウのダメージを軽減させるのだが、ジロウの言葉に思考が猛スピードで色々な事を考える。
自分は出ていきたい、母の事はあるが自分が逃げたからといって殺される事はないだろう。
仕事のあとがまもすぐに見つかるだろうし・・・
タロウの口に大量のジロウの血の味が入ってきた時、やっとタロウは自分が本気で噛み付いていた事に気がつき、ジロウの首から牙を抜いた。
「すまん、おっさん・・・・俺行きたいよ。」
そう呟いたタロウにジロウは、にやっと笑みを返した。
「・・・まかしとけ、捕まるなよ。」
そう言うと、突然ジロウは全身をうねらせながら何度もアクリルケースに体当りしてアクリルケースを揺らしはじめた。見ていた人間達がおもしろがって声をあげる。
雇い主だけは何ごとかと、顔を青くしながらジロウを押さえ付けようと棒を掴む。
そして、その棒がジロウを押さえようとした瞬間。
がたぁん!とアクリルケースが大きく揺れ、ケースを置いていた台ごと倒れていった。
「きゃ〜!!」
おもしろがっていた人間達の声が悲鳴をあげる。
ケースから飛び出してびっくりして声もでないタロウにジロウが大きく叫ぶ。
「何をしてる!走るんだ!力の限り走るんだ!」
その声に我を取り戻したタロウは振り向く余裕もなく走りはじめた。ジロウは最後の力を振り絞り主人の手を逃れるように悲鳴をあげる人間達を追い回す。大騒ぎの中、ハブに必死の人間達はタロウが姿を消した事に気がつかなかった。
しばらく、悲鳴があちこちで上がり、主人がやっとジロウの首根っこを掴んだ時。
「これで良かったか、なぁタロウ。」
そう呟き、ふっと笑みをこぼした後ジロウは静かに目を閉じた。
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