ange stone story wendyside 『味噌汁の国からこんにちは☆』

「ちょっと、そこの少年。」
少年に気を取られ手の力が抜けていたマッ長から逃れリリカはへたれこむ少年に近づいた。リリカは少年の目の前にしゃがみこみ顔を覗き込む。どのくらい走り回ったのか、肩を上下させて息を切らせているのだが、目はうつろだ。リリカの顔を通り越し、どこかもっと遠くを見ている。
「おーい、少年〜!聞こえてる?・・・とりあえず帰ってこーい!」
言いながら、少年の左頬をつまんでみる。その刺激で気がついたのか、うつろだった焦点がリリカの顔にピントを合わせた。
「どはぁ!!」
少年は顔の近さに思わず仰け反った。
「失礼ねぇ。人の顔見て『何てこった』だの『どはぁ』だの。」
「す、すいません。」
「まぁ、いいや。それよりその態度からいくと、私の色々な疑問にまともに答えられそうだけど、どう?」
「・・・・そうですね。答えられると思います。」
「よぉ〜し、じゃあ聞かせてもらおうかな。」
目の据わったリリカの笑顔とは対照的に、少年の顔は引きつっている。ロマンチックの欠片も見られない見つめあいにマッ長が口を挟んだ。
「カルア様、リリカ先生、すみませんがもう時間がないので・・・・」
カルア様と呼ばれた少年はそれに頷き立ち上がる。
「すみませんが、リリカさん。あと2時間ほどで昼食の時間です。彼らが仕事をしないと間に合いませんので出来れば私の部屋の方で話しをしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「オッケー、その方がゆっくり話しも出来そうだし。」
リリカも立ち上がった。
「あ、リリカ先生。先生のアドバイスをさっそく活かして頑張るんで、後で食べにきてくださいね☆」
そう言ってウインクすると、あわただしく仕事に戻っていった。
「では、行きましょうか。」
そう声をかけるとカルアは先立ってキッチンを出た。キッチンを出ると幅も広く、長い廊下だった。キッチンの規模といい廊下といい、これだけ大きいということは何かの施設のようだ。何人かすれ違った人たちは皆、男性で白いシャツに白い短パンだ。リリカの前を歩くカルアに気がつくと一様に「カルア様、こんにちは。」とにこやかに挨拶をしていく。少年のようなカルアが「様」付けで呼ばれるのにリリカは違和感がある。
 リリカは目の前のカルアをマジマジと見た。わざとではないあからさまに切っていないだけのボサボサのショートヘア。染めているのかカフェオレのような綺麗な色だ。着ている物はちゃんと洗ってあるようだけど、相当に着古されてよれよれだ。別に偉そうに歩いている感じも無いし。というか、むしろ腰が低い感じだ。見た目や雰囲気からして同じ歳かちょっと下かもしれないとリリカはみた。と、言う事は、誰か偉いさんの息子か何かだろうか?相手が背を向けているのをいい事に上から下までじっくりと観察した。
「あ、靴下に穴開いてる。」
「はい?何かおっしゃいましたか?」
すかさずカルアに振り向かれ少し動揺した。
「い、いえ、何にもありま・・・あっ前!」
リリカの声にカルアがとっさに前を向くと、ガコンといやな音が頭蓋骨に響いた。声にならない声でカルアは鼻を押さえてうめいている。振り向きざまだったのでドアの装飾に横から鼻をぶつけたのだ。リリカが「前!」と言ったのが裏目に出てしまった。
「あの、ごめん。大丈夫?」
「・・・・・」
何を言っているのかは分からないが、目から涙を出して無理な笑顔を作ろうとしているのが痛々しい。しかし、幸いにも血は出ていないようだ。鼻を押さえつつ深呼吸を何度か繰り返し落ち着いた後、鼻から手を離すと曲がってはいないようでリリカはほっとした。どこぞのトナカイのように真っ赤ではあったが。
「だ、大丈夫です。・・・ではここからは表に出ますね、風がきついので気をつけてください。」
そう言うと、自分の顔を突撃させたドアを開いた。とたんに太陽の光と勢いのいい風が入ってきた。タッパーとオタマを胸に抱えたままだったリリカは風に押されて後ろに倒れそうになった。そこをすかさず肩を横から抱え込む形でカルアが受け止めた。
「大丈夫ですか?」
今度はリリカが聞かれる番だった。が、カルアの腕に支えられているので特に問題もなかった。
「はい、どうもありがとう。」
「いえ、お互い様ですから。」
にこやかに答えると手を離した。お互い様とは言われたが、先ほどのはリリカのせいで被害が大きかった気がする。そのことに気がついているのが自分だけなら黙っていようとリリカは心に決めた。カルアに促されて、風に踏ん張りながらドアの外に出るとそこにあったものは・・・
「う・・・み・・・?」
風に波打つ水面、潮の香りはまさに海なのだが海水の色がピンクなのだ。うーん・・・唸るように水面を見つめる。綺麗かと問われれば綺麗なのだが、違和感がありすぎる。
「気持ち悪いな。」
ボソッと言ったつもりだったが今回はしっかりとカルアの耳に届いてしまったようだ。
「大丈夫ですか?船酔いでしょうか?」
「・・・・船?って、あたし船に乗ってんの?!」
「はい、そうです。ウェンディストーン最大の海軍船、『それゆけ!ウェンディ号』です。」
残念なネーミングにつっこみたい所だがそれはこらえた。かなりの広さに別段疑うことなく、普通の建物だと思っていたのでリリカは驚いた。
「海軍て・・・何かすごいね。」
疑問の数が増えるだけで、何もわからず、その上脱力系ネーミングを聞かされ、自分が何をどう感じているのか分からないのでたいした感想も出てこない。
「では、参りましょうか。」
そう言ってカルアは先に歩き出した。それほど時間のかからない場所にカルアの部屋があった。部屋の前まで来ると、カルアは振り返った。
「あの、事情は後で話しますが部屋が少々散らかっておりまして・・・」
「全然、気にしないから大丈夫よ。」
特に潔癖でも神経質でもないリリカは答えた。ドアを開け入っていくカルアの後ろにリリカも入っていく。応接室兼書斎だったであろう実験室のような部屋。床も机の上も分厚い本と、ビーカーなどの実験器具の山だ。かろうじて何も置かれていないのは二つのソファ。一つはそこで寝起きしているのか毛布がかけられている。リリカは本の山や器具を倒さないように足元から目を離さず、抜き足差し足でソファへ向かいなんとか腰を落ち着けることが出来た。気にはしないと言ったが想像以上の荒れようにあっけにとられる。
 座り込んだソファに向かうようにしてある壁には縦1メートル、横2メートルほどの大きな鏡がある。
どう考えても身なりを気にしそうにないカルアには不似合いな鏡だけが部屋の中で浮いている。
 毛布を乱雑にたたみながらリリカに向かい合ったソファにカルアも腰を落ち着ける。どう切り出したらいいのか分からないといった風にカルアが困った顔をしていたので、リリカが助け舟を出し、話し始めた。
「それで、質問始めちゃっていいの?」
「は、はい。」
取調べ室の刑事と犯人のようだ。当然、犯人役であろうカルアの顔がこわばっている。
「じゃあ、とりあえず。まず、ここはドコで、あなたたちは誰で、何で私はここにいるのか?後、帰り方と。」
「分かりました、説明させていただきます。まずここはウェンディストーンで、私達はウェンディストーンの海軍で・・・」
「ちょいまち!!そのさっきも言ってたけど、ウェンディストーンて何?どこの国?聞いたことないんだけど。」
「失礼しました。ウェンディストーンは国ではありません。ウェンディストーンとはリリカさんの暮らしてらっしゃる世界、アースストーンの隣に位置すると言われている別の世界のことです。よろしいでしょうか?」
全くもってよろしくない。別の世界だのなんだの、さっぱりだ。ふと自分の胸元を見ると抱えているオタマとタッパーが震えている。自覚はないが緊張しすぎているのかもしれない。深呼吸をしてオタマとタッパーを横へ置いた。カルアはそれに気づいていないのか話しを続ける。
「それで、何故ここにリリカさんがおられるかと言うことですが・・・私は他の世界が知りたくて映像鏡を持っておりまして。」
そう言うと、壁にかかっている大きな鏡を振り返る。
「次元のゆがみを利用し、他の世界との繋ぎ目を通して映像の見れる魔術道具です。」
そう言われて鏡に目をやる。縁は銀でつたの模様が装飾されているが、他は特に変わった所はなさそうだった。『魔術』という言葉に引っかかりを覚えるが、もうこの際スルーだ。
「それで今朝の事ですが、クルプクス魚が暴れたせいで・・・実験中だった薬品やら魔方陣やらが映像鏡に吹っ飛びまして、映像鏡に映し出されていたリリカさんがこちらの世界に召還されてしまっ・・・」
「ちょぉいまぁちぃ!!私が映ってたってどういう事!?」
スルーの出来ない一言にリリカは立ち上がった。
「す、すいません。わ、わざとじゃないんです。映像鏡が朝はどうしてもリリカさんのキッチンに通じてしまう様で・・・」
「なにそれ!?言い訳!?覗きじゃん!ストーカーじゃん!あぁあ〜!!」
仁王立ちでカルアに詰め寄るリリカ。まさに取調室。詰め寄る刑事リリカと犯人カルア。残念ながらそこにスタンドライトとカツ丼はない。
「申し訳ございません!!でも、でも落ち着いて下さい!話しが進みません。」
その言葉でリリカの怒声がやむ。
「そ、そりゃそうだけど。・・・まぁいいわ。早く進めましょうか。で、後は・・あ、そうそう帰り方は?」
「うっ!」
「今度は何?うめき声出したってだめよ。なんだかんだと結局色々聞いても訳分かんないんだから、とっとと帰り方聞いて帰りたいんだけど。学校あるし。」
「は、はい。そのですね・・・あの・・・」
睨まれてもなお、カルアの言葉が詰まる。
「もう〜!早く吐きなさい!」
「は、はい!!すみません。帰れません!!」
「よし!やっと吐いたな。じゃあ、帰る準備を・・・っては!?」
リリカが固まった。目を最大限に開けカルアを見たまま微動だにしない。
「後・・・それともう先に言っておきます。あの時、リリカさんの後ろにお母様もいらっしゃっておりまして・・その多分、お母様もこちらの世界に来ていらっしゃるかと思います!!ただいま捜索中です!!」
言わなければいけない事を一息で言い切ると、カルアはぶっ飛ばされる覚悟を決めて力いっぱい目をつぶった。10秒、30秒、60秒・・・待っても拳は飛んでこない。恐る恐る目を開けリリカを見てみると・・・
「リ、リリカさん!!」
開いたままの大きな目から大粒の涙が絶え間なく流れていた。
「帰れない・・・それにママって・・・ママはどこなの?船にいないの?」
ソファに崩れ落ちるリリカをどうしたらいいのか分からず、カルアは立ち上がりおたおたと無駄に両手を振る。
「その、あの、今、魔術師協会全力で探しております。映像鏡の近辺だろうとの事ですので、ご安心ください!」
「ほんとに?」
潤んだ瞳をカルアに向ける。あまりのショックか、怒る事に疲れてしまったのか、デカ長リリカから、普通の女の子になってしまったようだ。
「はい!命を懸けて探させていただきます。」
「分かった・・・。なんだか疲れた。少し休みたいんだけど。」
「分かりました。でしたら隣の部屋が寝室ですので・・」
そう声をかけたが、リリカはコテンと座っているソファにそのまま横になってしまった。仕方なくカルアはたたんでいた毛布をリリカにそっとかけ部屋を出て行った。

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