ange stone story wendyside 『味噌汁の国からこんにちは☆』

 どのくらい横になっていたのだろうか。リリカは重い目をゆっくり開けて起き上がった。窓の外を見るとすでに陽が落ちている。天井から下がるランプに灯は入っているが部屋には誰もおらず、ランプの灯が実験器具と本たちを柔らかく照らしている。
「うわ〜何時間寝てたんだろう。」
 立ち上がり、伸びをすると首から腰までの関節が豪快に鳴った。
 部屋に誰もいないのでカルアを探しに部屋を出ようと、入ってきた時同様、足元に気をつけてドアへ向かった。ドアを開けると横で三角座りのまま膝の上に額を乗せているカルアがいた。待っていても仕方ないのでつむじをつついてみた。
「おーい、少年。起きてる?」
 呼びかけにすぐにカルアは気がつき、慌てて立ち上がる。目が真っ赤だ。寝ていたというよりは泣いていた赤さだ。気の弱そうなカルアらしく、事故とは言え彼の道具のせいで起こってしまった事に責任を感じているのだろう。
「大丈夫?」
 反対のような気もしたがリリカの方がたずねた。幼い顔立ちで泣きはらした顔を見ていると、お姉さんな気分になる。一人っ子のリリカとしてはちょっと嬉しい感覚。
「はい、あのリリカさんは・・・?」
「大丈夫よ・・・」
 その返事をかき消すように、響くように腹の虫が鳴いた。恥ずかしさで真っ赤になっていたが、こう言う場合、言い訳するとさらに恥ずかしくなるので、リリカは堂々と答えた。
「・・・腹の虫以外はね。」
「では、食事を取りに食堂室に向かいましょう。多分、コック長がリリカさんに食べてもらいたくて首を伸ばしてお待ちですよ。」
 二人で朝来た廊下を戻っていく。朝とは違いキッチンのドアの手前の大きい「食堂」と書かれたプレートのかかったドアを開けて中へ入った。中はさながら学校の食堂といった広さだ。ざっと3〜400人は余裕で入れそうだ。とは言え、仕事の合間をぬっての食事のため、今は2、30人がまばらに座っているだけだ。
「コック長、リリカさんをお連れしましたよ。」
 食堂とキッチンをへだてるカウンター越しにカルアはキッチンに声をかけた。マッ長が太い腕を振り、嬉しそうな声を上げてカウンターから身を乗り出す。
「キャ〜! やっときたのね! 準備するから待っててね。」
 そう言うと、キッチンの奥へと戻っていった。リリカとカルアはカウンターからすぐのテーブルへと腰を落ち着けた。リリカは待っている間、今、分かっている事を整理しておさらいすることにした。
「結局の所、理解できない事は山盛りだけどそれは置いといて、クルクルなんちゃらって魚のせいで私とママはこっちの世界に来ちゃって、私はここに、ママは不明。そんでもって帰れるかも不明。現在ママの行方は鋭意捜索中・・・って事だよね。」
「はい。クルプクス魚です。」
 他に訂正がないのはいいが、魚の名前はどうでもいいだろうよとリリカは思う。どうも、カルアとはポンポンッと会話がうまく進まない。つっこみたいのを飲み込むためにそのつど、リリカの言葉がつまる。こっちの世界の人みんなこんなにつっこみたい人ばっかりだったら、つっこみのプロになれそうだな、いやなりたくないとリリカは思う。そんな異文化交流はしんどすぎる。
「まだまだ、聞きたいことは残ってるのよ。ほら、あれ、『リリカのお料理クッキング』ってなに。」
 カルアが再び気まずそうに目を伏せた。
「えー、と、あの。リリカさんのキッチンが映るって言いましたよね? リリカさんの作ってらっしゃる朝食が食べてみたいなぁといつも思っておりまして、それで映像を記録してコック長に見せて作れないかと渡していたんです・・・」
「まぁ、覗きの上に盗撮ですか・・・全く。」
 リリカにもう怒る気力はない。あきれるだけだ。カルアの方はと言うと更に縮み上がり、また泣いてしまうのではないかと言う勢いだ。謝罪の言葉はもう聞き飽きたのでリリカは話しをさらに続ける。
「まぁ、もう良いわ、過ぎた事はね。それよりもなんなのその『お料理クッキング』ってタイトルはさ。意味かぶってるから。船の名前も誰のセンスか知らないけど・・・」
「も、申し訳ありません、けっこういい感じかと思ったのですが・・・」
「って、船もあんたのネーミングかい! ・・・次から何かネーミングする時は誰かに相談しなさいね。」
「はい・・・」
「はいはーい! お話しはちょっとお休みして〜。お食事タイムよ〜。」
 大きな声が聞こえたかと思うと、80センチ以上あるかと思われるトレーのうえに二人分の食事を載せてマッ長が現れた。大きく重そうなトレーを震えることなく左手だけで支えながら、右手で手際よく料理を並べていく。
「本日のメニューは、シーフードサラダと、ブルブル鳥の香草焼き温野菜のマリネ添え。・・・そして、お味噌汁でございまーす!」
 和洋折衷な感じもするが、ここは異世界、細かい事は気にしてられない。その実、そんな事よりもお腹が減ってそれ所ではないのだ。チキンや香草のいい香りで、腹の虫が更に暴れだしている。がっつりメインから食いつきたい所だが、そばに立っているマッ長、そしてカウンターの向こうからじっと見つけているコック達の為に、ここは味噌汁からいくべきなのだろう。箸はなかったので並べられているスプーンを手に取り手を合わせた。
「いただきます。」
 “いただきます”の習慣がないのか、皆そろって不思議な顔をしたが、リリカが味噌汁に手をかけると真剣な顔で見つめなおした。期待と不安の入り混じった熱い視線はこの際無視して意を決してみそ汁に手をかけた。
 ふんわりとした味噌の香りは、リリカの知っている味噌の香りで味噌作りが成功した事が分かる。しかし、それだけだった。ぐぐっとリリカの眉間に何本ものしわがよる。ゴクンと飲み込んだ後、猛烈に咳き込み慌てて水を半分ほど一気に飲み干した。呼吸を整えるため深呼吸をする。
「えーっと、あの言い辛いんだけど。・・・ごめんなさい。」
「だめだったのねぇ。」
 こんな台詞、まさかまさかこんな所で男性に言うことになるとは。と、リリカは心の中でつぶやいた。まぁ、味噌汁の話なのだけれども。
 マッ長のマッチョな肩がこれ以上ない程に落ちている。
 味噌の香りは良かったのだが、味噌のせいなのか、それとも他の物のせいなのか、とてつもなく塩辛い。そのせいで喉が拒否して咳き込んでしまったのだ。それに材料を聞いてみないとはっきりしないが、塩辛さを感じるだけで後は旨みなどの味は全くなかった。
「あの、後でこの味噌汁に使った材料を見せてもらえますか? そしたら何が違うのか分かると思うんだけど。」
 本当の味噌汁を教えてあげたいのはやまやまなのだが、とりあえずは腹の虫に餌をやらないとうるさいので、リリカは味噌汁以外の料理をおいしく、且つ早めに平らげることにした。




 キッチンの調理台に並べられた材料を見ると、答えは一目瞭然だった。調理台の前に立つリリカはコック長をはじめ並んだコック達とカルアを振り返った。
「えっと、まずお味噌でしょ。それから具の野菜ね。・・・で、塩。これで全部ね。と言うか、コック長さん、なんで塩?」
 怒られた子供のようにもじもじとしながらコック長は答える。
「えっと、先生の映像を見てたら味噌と具以外に入れていた粉みたいなのが、何なのか分からなかったの。で、塩かな? って。てへ。」
「粉ねぇ、粉って言うと・・・あーダシの素か。そう言えば使ったことあったな。でも、塩じゃしょっぱすぎでしょ〜。高血圧になるわよ。」
「ん? こうけつ・・・」
「いや、何でもないよ。とにかく、お塩じゃなくてね、ダシが入ってないのよ。」
「ダシ?」
「えーっと、なんて言うかなぁ。スープの素的なものって感じで分かる?」
「あぁ、なんとなく分かるような、そうでもないような。」
「ま、まぁ、とにかくそれがないから・{{三点リーダ}}・あ、粉じゃなくていいのよ。あの時は時間がなかったからだから。・・・そうだねぇ、キノコ類とか、海藻類ってない?」
「か、海藻って・・・まぁ、えっと、じゃあ食料庫見に行ってみる?」

 リリカとコック長はキッチンの奥にある食料庫に向かった。しばらく色々見せてもらいダシに使えそうなキノコをひとつ持ってきた。海藻を食すと言う習慣はないようでキノコしかなかったのだ。その中でも、しいたけにそっくりの香りのキノコを見つけたのでそれに決めた。
 ただし、大きさはとてもつもなくリリカの知っているシイタケとは違い10倍ほどの大きさがあるのだが、大人数の食堂だからこちらの方が便利はよさそうだ。
「とりあえず、生だからしっかりした味のダシは出ないかもしれないけど、簡単に作ってみるね。」
 そう言うと、大きなシイタケの端を少し切り取り、試食程度の量で味噌汁を作り始めた。具はその大きなシイタケ、ウェンディストーンでの呼び方で言うエドデスのみでシンプルに作った。
 出来上がった味噌汁を味見し、それぞれコックとカルアの分をカップに入れた。残念ながらお椀のような食器がなかったので雰囲気はないがしかたない。
「さて、こっちの人達の味覚に合うかどうか分からないけど、試してみて。」
 それぞれが味を確かめるように少しずつ飲んでいく。リリカは静かにみんなが口を開くのを待った。
「おいしすぃ〜わ〜!!」
 コック長は感動に目を潤ませながらリリカを見つめる。リリカはとりあえず緊張を解いた。
「お口に合ったみたいで良かったよ。」
「いや〜、今まで色々作ってみてて味噌汁ってパンチの効いた料理だなぁって思ってたけど・・・ぜんぜん違うのね。やさしい味だわ〜、ほんと今までのは味噌に申し訳ないわ。ごめんなさいね、先生。」
「本当の味噌汁の良さを分かってもらって良かったよ。ただ、できればこのキノコ・・・エドデスだっけ? これは天日干しした方がもっと、ダシが出ておいしいの。だから、明日にでもやりましょ。手伝うわ。」
「え?! いいんですか、先生。先生が手伝ってくださるなら百人力だけど。」
「どうせ、ママを見つけて家に帰えれるのが、いつになるか分かんないんだもん。ただでここにいる訳にいかないし、働くよ。」
 カルアに目をやり確認をとる。
「はい、リリカさんがよろしければ、お願いします。僕の方は全力でリリカさんのお母様の捜索と映像鏡の修理を。」
「その前に、部屋を片付けた方がいいわよ。」
 何をするにもまず、あの部屋を片付けてもらわないと、また何か起きたら大変だ。リリカはカルアのお母さんにでもなった気分でにっこりと笑顔でそう付け足した。
Copyright© 2008 chimako All rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-